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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和48年(う)24号 判決

被告人 角谷三一

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中八〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人玉田勇作作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は、原判示第八の殺人未遂の事実に事実の誤認があると主張するが、これを要するに、被告人は原判示のごとく中地尚夫が車両右ドアにぶら下り引きずられていることに気付いていながら、あえて走行を続けたものではなく、したがつて被告人には殺人についての未必の故意すらもなかつたものであり、被告人の所為は殺人未遂に該当しないというのである。

そこで、所論にかんがみ右犯行の経緯、態様を仔細に検討してみるに、原判決挙示の関係証拠によると

一、犯行現場は、原判示珠洲市飯田町一五部七九番地先通称中田亭交差点(三差路)付近および同所から西方へ正院町方面から宝立町方面に通ずる幅員約六・六メートルの国道二四九号線上であり、犯行後約三〇分を経過した後に開始された実況見分において、右国道上の自動車交通量は一分間に三台程度と認められたこと。

二、原判示普通乗用自動車(ニツサン・フエアレデイ)は、原判示のとおり、被告人が窃盗したものであり、これを無免許で、かつ飲酒のうえ運転したものであること。

三、被告人は、右自動車(いわゆるツー・ドア型で、ドア部分の窓ガラスが一枚のもの)を運転し、北方の飯田町春日通りから前記交差点を右折して国道上を西方の宝立町方面に向け進行しようとした際、同交差点付近において原判示のとおり歩行者中地尚夫の膝に同自動車を接触せしめ、これに立腹した中地が、同自動車右側の運転席に近付き、窓ガラスがあけ放たれていたドアの窓枠に手を掛けながら、運転席を覗き込むようにして、大声で「止まれ。なんで逃げるかや。」等と呼掛けたところ、被告人は、その場で逡巡し捕えられたのでは、前記窃盗、無免許運転、飲酒運転の事実が発覚してしまうものと恐れて逃走を決意し、無言のまま同自動車を急激に加速し、国道上を宝立町方面に向け疾走させたこと、そのため、中地は、窓枠から手を離す機を逸し、同自動車右後輪付近にぶら下がつたままで引きずられる結果となつたこと。

四、かくして、被告人は、同自動車を時速約五〇キロメートルに加速して走行させ、前記交差点における右折地点から約六一・九メートル離れた飯田町一五部九三番地先付近に差掛かつたが、そのころ「おーい。おい。」と被告人を呼び止めるような声を耳にし、ふと右側ドアの所を見たところ、これに人がぶら下つており、その両手が車両の内側に入つているのを認めたこと、その時被告人は、先刻の中地をその地点まで引きずつて来ていたことに気付いて驚くとともに、そのまま走行を続ければ、右中地はぶら下つている腕の力が尽きて途中で振り落され、そのために死ぬかも知れないとは思つたが、さりとて停車したのでは前記のとおり窃盗等の事実が発覚する虞れがあるので、逃げるが先と決意し、あえて時速約五〇キロメートルの速度のまま同自動車を疾走させたものであること。

五、その際の中地の姿態は、目撃者岩村文八郎の形容によれば、「ぶらさがつている人は宙にういたり又地面にすつたりしながらそれを二、三回くりかえしておりその状況は鯉のぼりの鯉が風でういたりさがつたりしているような状況」であつたというものであること。

六、かようにして、前記九三番地先からさらに同市上戸町北方二字五一番地先道路上まで約六八・五メートル走行を続けた同所付近において、中地がついに力尽き路上に墜落したのであるが、その間右九三番地先を若干通過した地点付近において、被告人運転の自動車は二ないし三台の対向車両とすれ違つたこと。

七、被告人は、中地の手が窓からすべり落ちる音により、同車窓から後を振り返り、中地が路上に俯せになりやや上半身を持ち上げた状態で倒れているのを認めるや、前照燈を消燈したうえ時速約八〇キロメートルの速度でなおも逃走したものであること。

以上の諸事実が認められ、被告人の捜査官に対する供述並びに当審公判廷における供述中、中地が自動車にぶら下がつているのを認識した地点等に関し右認定に反する部分は、被告人が司法警察員による実況見分、原裁判所の検証等を通じほぼ一貫して原判決ないし右の認定に副う現場指示、供述をなしていること、また中地尚夫や目撃者らの供述によつて認められる諸情況に照して措信することができない。

そこで、以上に認められる情況に基づいて考察するに、ことに本件におけるごとく時速約五〇キロメートルという高速度で自動車を疾走させ続け、前記認定のとおり被害者を墜落せしめた場合には、その身体を路面に強打せしめ、あるいは、運転車両自体や対向車両で轢過させることにより、被害者を死亡せしめる高度な蓋然性を生じたものということができる。そして、これに被告人が逃走するについて前記認定のとおり差迫つた動機を抱いていた事実等を併せ考えると、原判決が、被告人は被害者を死亡させる結果が発生することのあることを認識しながら、そのような結果の発生を何等意に介することなくあえて走行を続けたものである旨摘示し、被告人に殺人についての未必の故意があつたものと認定したのは相当であるといわねばならないし、また、以上にみて来た被告人の所為の態様とその危険性等に照せば、これが殺人罪の構成要件としての類型に包摂される所為であるとするにも妨げがないものということができる。所論は、死亡の結果発生を認容していたかのごとく供述した被告人の自白は、捜査官の誘導によるものであるとして論難するが、すでに考察したごとく、右の自白は客観的な情況によつて裏付けられているものであるから、その任意性を推認するに十分であり、これをも排斥すべきものとは認められない。以上のとおりであるから、被告人の所為を殺人未遂に問擬した原判決の認定は相当であり、事実誤認のかどは認められない。論旨は理由がない。

よつて本件控訴はその理由がないから、刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却することとし、なお刑法二一条により当審における未決勾留日数中八〇日を原判決の本刑に算入することとし、主文のとおり判決する。

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